pkmnsp 二次創作ブログ / CP雑食
マスク・オブ・アイスとなることを決意したヤナギ
この罪はけして償われることはない。失われた命は戻らない。奪われた時間は埋まらない。なにもかもが覆水盆に返らず、だ。無くしてしまったものを他のもので代償とすることはできない。それは無くしたものへの冒涜というものだ。かつて多少の凹凸はあっても、人並みに平らだった大地にぽっかりと口を開けた穴。井戸のように深く、覗き込めば暗い。この穴を埋めていたものはどこに行ってしまったのだろう。ひとりでに失われることなんて、無い筈なのに。その闇から目を離せなかった。いっときでも意識を逸らしたら、無くしたものの形すら忘れてしまうような気がした。きっとそれが自然の摂理だ。悲しみもいつかは癒える。怒りもいつかは薄れる。どんなに愛したものも、どんなに憎んだものも、無くなってしまえば終わり。少しずつ思い出さなくなって、忘れてしまう。それがいいことなのかわるいことなのかは甚だ疑問だった。愛していた。壊れてしまったのならせめて欠片だけでも持っていたかった。失ったものを思い出させてくれるものなら何でも、ただ悲しみと怒りに満ちているだけの余韻さえ愛しかった。忘れるなど——あまりにも惨い。そうじゃないか。この罪は償われてはいけない。
そうだ、償われてはいけない……。胸の内で呟きながらも、ページをめくる指先は震えていた。償われてはいけない、だが、もしも。無かったことにできるとしたらどうだ? 最初から無かったことにするのだ。かつて失われた二つの命を、失われなかったことにする。ならば罪も無い。井戸のような空虚も無い。人並みに平らだった大地は人並みに平らなままにする。埋める必要も、埋めずにいる必要もなくなるのだ。償うことも、償わないことも。何もかもが無かったことになる。なれば、こうして喪に服して歩んで来た自分も無かったことになる、だがそれは、喪に服して歩み続けて辿り着いた果ての結果として、無かったことになるのだから……それでいい。
床の上、硝子の器に盛られた氷で遊んでいるラプラスの子。何も知らない。何も見えない。無知で愚かな、可哀想なこども。
考えるべきはあの子のことだけだ。自分の不幸すら理解できない哀れなあの子の。あの子のためにはどうするのが一番いいのだろうか。むろん分かっていた。あの子は最初から欠けているのだ。じぶんが生まれたということを理解できないでいるのだ。その認識を奪ったのは他ならぬ男自身だ、ならば、ラプラスの子の、生まれた瞬間から欠けていたものを、償うのは自分の仕事だ。
「…………大仕事になるだろうな……」
思わずぽつりと呟いて、声を出すのも久方ぶりであることに気がついた。この期に及んで独り言とは。怯えているのかと思い、鼻で笑った。いまさら何に怯えることがあるだろう、既に男はこの世のすべての悲しみを舐め尽くしたと思っていた、そしてこれからも舐め続けるであろうことを。いかに壮絶な悲劇も、男の犯した罪の重さに比べたら、足元にも及ばない。失われた命の数、引き裂かれた心の数? そんなものと男はせせら笑える。苦悩に定量化はお呼びでない。その重さは当事者のみが測る権利を持つ。誰が何と言おうと、男が感じた苦痛が全てだ。