pkmnsp 二次創作ブログ / CP雑食
カリンとイツキがいじめっこです注意(※妄想)
じぶんを取り囲む世界がろくでもないことはうすうす感じていた。煙草。暴力。アルコール。女と男。ふかすドラッグの臭いと笑い声にくらくらして、いつだってまともに物が分かるなんてことはなかった。痩せっぽちだった”あたい”は、誰からも気に留められることはなかった。あいつの邪魔をしなければ、少なくとも生きてはいられた。ローズピンクとクリームのストライプ模様の絹のシャツ、黒いベスト、揃いのスラックス、金縁のボタン、細く突き出した顎、長い脚を持て余すように組み替える様、爪先の四角い本革の靴、愉快そうなまなざし、高価な時計、袖口から除く白い腕にまばらに生える金色の産毛。
知っている、とおもう、訳も無く。”あたい”はあの男がママを殺したことを知っている。目にした訳でもない。伝え聞いた訳でもない。切っ掛けも憶えていないけれども、気付いたら確信するようになっていた。だから妄想だったといえばそうだったのだろう、しかし彼女はその瞬間にそうと知っていた。
(いつかちょっとしたことで、あたいも殺されるのかな。ママみたいに包丁で刺されて、胸を、腹を、首を? 首を絞められるだろうか、頭を殴られるだろうか…………その前に、逃げだしてしまったほうがいいんじゃないか、なあ?)
幾度も自分に語りかけてみても、うんともすんとも答は返ってこない。だからそのままでいた。昼間、彼女はふらふらと外に出て行くことも多かった、家にいるよりはよほどましだったから。そのまま帰らなければいいのだ、あのろくでなしはきっと彼女を捜しはしない。拾った猫が出て行ったのと同じように、しばらくは彼女が居なくなったことにさえ気付かないだろう。たまにふっとその気になっても、もしあいつが追いかける気になったら、殺されるかもしれない、そう思うと思い切ってみる気もみるみるうちにしおれていった。
あの男を殺してしまおうか。
しばらくすると、またしてもいつの間にか、そんな想念がふと過るようになった。冗談みたいなものだった。どうせ実現しないことは分かっている。自分にそんな気力も勇気もない、そう思っていた。
腐り切った生活だった、けれども彼女には友人がいた。あの男が一度だけ気まぐれに、おまえの母さんのポケモンだった、と洩らしたのを聞いた、とても大人しいブラッキー。物静かなポケモンで、いつも気配すらなく彼女の傍にいた。あまりにも物音を立てないので、あいつの逆鱗に触れる事も無かった。同時に冷淡でもあり、彼女があの男に痛めつけられても反応が薄いところはあるけれども、常に傍に居た。彼女にとって、良き友人であることは確かだった。
カリン。カリン、”あたい”の名前。ママと同じ名前。ほんとうは違う名前だったけれど、あの男は興味が無くて知らなかったのかもしれない。物心ついたときには顔も知らないママの名前で呼ばれていた。それでも”あたい”は今やカリン以外のなにものでもない。今更ほかのものにもなれない。なる気もない。全部それと同じだ。逃げだせば追いかけてくる。あの男が来ようが来まいが、少なくとも彼女の夢の中のあいつは追ってくる。煙草。暴力。アルコール。女と男。五感に染み付いた全てを携えてあの男は追いついてくる。もはや彼女が掴んで離さないのか、あの男が追ってくるのか判別がつかない。この世界はもはやカリンという名前なのだ。カリンは彼女を取り巻く世界そのものだ。
とある日、あいつが帰ってきた。ひどく取り乱していて、勝手に喋り出した。どうやら人を轢いたらしい。いつも娘のことに見向きもしない男が、今は情けなく眉を下げ、縋るように見詰めている。少女はとても優しい気持ちになって、頭もろくにまわっていない男の代わりに、捕まらないための助言をしてやった。一緒に乗っていた人は、見ていた人は、場所は、等等。男は感激して、お前は自慢の娘だと泣きついて、それからようやく電話を取った。車に同乗していた友人に口止めするためだった。その後ろ姿を眺めていたとき、少女は不意に冷めた気分になった。胸が詰まり、息苦しくなった。気分は冷めるどころか今や氷点下にまで下降している。具体的にそうしようと思っていたわけではないのに……、彼女はすぐ足元にあった、未開封のビール瓶を手に取り、気付いたら、目の前の男の頭を目がけて勢いよく振りかぶっていた。
鈍い音がした、と思ったら、少女は目を充血させた男に組み付かれていた。額からは細く血が流れ出していた。怒鳴っているようだが声が遠くよく聞こえない、けれども男の指が首に触れた瞬間に少女は我に返った。殺されると思った。
その瞬間に口から飛び出したのは悲鳴ではなかった。主人の危機に何もせず、少し離れたところで一部始終を眺めていたブラッキーは、彼女がかつて見たことのないほど俊敏に飛び出し、ぶつかるように男と彼女の間に割って入った。彼は男の喉笛を喰い千切っていた。再び耳が遠くなる、血しぶきが花びらのように空に舞い上がった——
「……ブラッキー、噛み付く!」
あのときと同じ言葉。同じ声。けれど、真っ赤な花びらは上がらない。その代わりに泣き喚く声が聞こえる。もっと泣けばいい、カリンは意地の悪い気持ちでそう思う。新しく入って来た、六つ年下の少女の頭の先から足の先まで気に入らない。
「やめてよぉ、ぷりりに酷いことしないでえ!」
「はん、やめてって言えば止めてもらえるとでも思ってるのかい?」
薔薇色の頬、豊かな髪。痩せてもいなければ傷ひとつない。何もかもが満たされて、幸せを当然のものと享受しているこの少女が気に入らなかった。自分に災いなど降り掛かるはずもないと、安心しきった微笑をぶちこわしてやりたかった。
「カリン、やめなって。かわいそうじゃん」
笑いながらイツキが言う、横目でその様子をうかがったカリンは薄らと微笑む。表面上はへらへらしているが、目が笑っていない。相当にご立腹のようだ。その足元には、叩きのめされたニューラと、少しばかり不安そうな顔をした小さな男の子がいる。
「あんたこそ何怒ってんのさ」
「だってこの子、反応薄いんだもん。最初はあんなに泣いてたのにさあ」
「そりゃ慣れたんだろ、小さいから」
「いいよねカリンは、そっちの女の子は良い反応するから」
「何ならあんたもこっちにしたら」
「要らない。興味ないよ」
むくれたように呟いたイツキがおかしくて、カリンはまた笑った。相変わらずだ。おそらくはイツキも同じ理由なのだろう。カリンが幸福な子供を許せないのと同じように、イツキも何物をも求めることを知らない子供を許すことができない。イツキは渇望し、カリンは不幸にしがみついている。いずれも生きるため、ただそれだけのために。初めからそうであるものに興味はない。相反するものを捩じ曲げて、無理矢理に同じ形にすることに意味がある。
カリンはあの少女を絶望に浸したいのだ。幸福など幻想であるということを彼女に証明し続けることで、そうして生きて来た自分の正当性を信じたかった。薔薇色の頬に涙が流れるたびカリンはとても快い感覚を味わうことができた。その涙は少女がその身体に溜め込んだ幸福の欠片なのだ。流れれば流れるほどに、少女にとって真実であった幸福は夢にかわっていく。
ただ……、ほんのたまに、彼女の泣き腫らした顔に残る涙の跡を見て、とてもさみしくなることがあった。なにが寂しいのだろう。どうして寂しいのだろう。答は出ない。言葉にならない。ただ心が震えていた、とうに壊したと思っていたのに。
「…………ブルー、」
泣きつかれて眠ってしまった彼女に何を言おうとしたのか分からなかった。ただ、この先もきっと変わらず、自分は彼女を痛めつけることを喜びとするだろう。そう思った。