pkmnsp 二次創作ブログ / CP雑食
リクエスト「シルブル」
あのこが夢中でページをめくっているのを見るのは、面白くない。そこにあるのはあたしの言葉じゃない。あたしがろくに知りもしない他人の言葉。よりにもよって、本来あのこが手に入れるべきだった父親の言葉なんだわ。
ぽっかり口を開けたあのこの空虚が歓喜に喘いでる。あのこがひた向きにあたしの言葉を詰め込んだその場所が、刻一刻本当に詰められるはずだったもので満ちていく。仮初めの言葉はもういらない。あのこは自分だけの本当の心の形を、言葉でなぞろうとしている。あのこは喜びに震えてる。そしてあたしのあげた心の形を忘れてしまうの。
「シルバー」
「うん」
「いっこ聞きたいんだけど」
あたしはタマムシから出かけた帰り。今日は、化粧も香水も落としてない。なのにあのこはあたしが入って来たときも生返事で、嫌いだと言った香りに殆ど気付きもせずに本を読んでるんだから嫌になる。
小さな窓から見えるのは曇り空で、今にも嵐がやってきそう。あたしにも分かるくらいの湿った空気が流れ込んで来てる。そろそろ帰ったほうがいいよ、って気を使ってくれるはずのあのこは黙り込んでいる。それが憎らしくて、意地になって居座ってた。
「……子供の頃、あたしたち、いろいろしてたじゃない?」
「いろいろって——」
シルバーは考え込むように視線を空に放り、それから思い当たったように呟いた。
「ああ……不法侵入とか掏摸とか?」
「うん。そういうの、あんたのお父さんに話した?」
「ううん、話してない」
「……どうして?」
思わず聞き返していたけれど、シルバーもあたしの質問に驚いたみたいで、びっくりしたような顔をしていた。
「些細なことだよ」
「それは、あんたのお父さんがロケット団の首領だから?」
「そうじゃなくて……俺は、もしそのときに必要なら、同じことをする。それだけだよ……、どうして?」
透き通った瞳があたしをじっと見詰めてくる。本から目を離して、あたしの言葉を待っている表情は、子供のころのまま。
ふいに、あのこが不思議そうに首を傾げた。
「泣いてるの?」
その言葉を境に、雨がさあっと音を立てて一斉に落ちた。それで我に返ったように、シルバーが窓のほうを向いた。分厚く灰色がかった雲で空はいっぱいになっていた。降り出す限界まで水を抱え込んでいたのが、ついに堪えきれなくなったみたい。雨を見てたら少し寂しくなった。つまらない意地なんて、張っても仕方が無いのかもしれない。
「……今日、雨宿りしていってもいい?」
「うん」
と、シルバーは再びあたしに視線を戻して、ふと眉を寄せた。
「……ねえさん、香水……」
「あんた気付いてなかったじゃない」
「だって、ここ最近化粧も香水も落として……」
シルバーは言葉を続ける気も失せた様子で頭を振ったと思ったら、まじめな顔であたしを見て、それから再び本に意識を戻した……ふりをしていた。あたしがそれに気付かないふりをしていたら、小さな声でシルバーが言った。
「……寒く、ない?」
「……ん、そだね」
「その……これからもっと寒くなるよ」
ようやく言ってることの意味が分かって、泣き出しそうになるのを堪えたら、逆に笑いが込み上げて来た。
小さな頃、あたしが寂しがっていると分かったときのあのこの常套手段だったから。あたしのことを気遣っておずおず窺うあのこの優しさに何度救われたかわからないの。夏になっても、寒くない、って訊いてくるのには笑っちゃったけれど。
あたしが嫌なにおいをさせていても、まだそう言ってくれるの。化粧も香水も落とさずに、思いっきり抱き寄せて毛布に包まって、シルバーに嫌な顔をしてほしいとも思ったけれど、流石に嫌われちゃうので我慢。鞄に入れておいた携帯用クレンジング・シートと、消臭スプレーできちんとしてから、毛布を持って、木箱を机代わりに読書をするシルバーの隣に引きずっていって、包み込んだ。
あの子はいつの間にか大地の奥義じゃなく、化学の書籍に切り替えてた。あたしに合わせてくれたのかしら。並ぶ原子記号や公式や、解説を眺めているうちに少しずつあたたまってきて、ぼんやりする。この場所は静かすぎる。でもかえってシルバーにはそれがいいのかもしれない。ふと、さっきの話の続きが頭に浮かんだ。
「…………さっきの続きね」
うん、とシルバーが生返事をするけれど、今ばかりは眠くて気にならなかった。
「あたしは、後悔してるのよ」
「後悔?」
「うん。後悔」
胸の底で凝ってる乖離感が浮かび上がる。あたしは罪だと考えて、シルバーはそうは考えない。あたしがそれを打ち明けないといけないと思ってることも、シルバーはそんな些細なこと、と言う。このまま進んで心を忘れ、犯した罪さえ共有できないのなら、いったいあんたにとってのあたしはどうなってしまうの。
あのこはあたしが見つけた。あのこはあたしが眠りの胎内から取り上げた。光も、音も。心も。世界のすべてをあたしは与えた。そして世界にあのこのすべてを与えたのも、このあたしだったのに。
「それだけ?」
続いた沈黙のために、雨に攫われてしまった言葉尻を拾って、シルバーが尋ねる。
それだけ、そう、それだけよ。だけど罪、だけど犯歴なのよ。ねえあなたには分からないでしょう。罪ってものは、どんなに小さくてどんなに些細なことでも、あるというだけでみんなまるっきり駄目にしてしまうものなの。真新しいとびっきり素敵な白いコートを、さあ高かったから、これから大事に使いましょうっていう矢先、真っ黒いしみをつけてしまうようなものなのよ。