pkmnsp 二次創作ブログ / CP雑食
リクエスト「シルブル」
「……そうだな。行ってみるといい。座標の場所は……ハナダの洞窟の地下か」
グリーン先輩は、俺の話を一通り聞き終えると、そうか、とゆっくりと息をついた。
本をたくさん読むようになって気付いたことは多い。表紙、本のタイトルに添えられている著者の名前。その人はどこの国の人で、いつの時代に本を書いたのか。論旨にはその人個人の性質よりもはるかに、思想が培われた時代背景や生活があらわれる。
百年前のもの、五十年前のもの。さまざまな論文を目にしてみると、サカキがなぜあれほど多岐に渡ったジャンルの本を、均等に置いていたのかも分かるような気がした。百年前に書かれた論文を理解するために、著者が生きた百年前の文化や生活習慣を知っていれば、きっと大きな助けになっただろう。
グリーン先輩が”大地の奥義”の再読を勧めてくれたときの意図も、なんとなく分かるような気がした。読んでみたらすぐに夢中になった。以前は読み流していた、引用部分や、原理の応用を理解できた。なぜサカキがこの言葉を選んだのか、なぜこの表現でなければいけなかったのか。細部に至って想像できるようになっていた。
大地の奥義書を読み返して、改めて気付いたこと。とある章で、サカキはある野生ポケモンの習性を利用した育成方法について述べており、またそれに関する仔細なデータも参考として残していた。
しかし、章末の参考文献の中で、その習性について述べられているのは、「理論上は」というフレーズがついた一文に過ぎなかった。そこで、このデータはサカキが手ずから調査したものではないかと思った。
そしてその座標の地に行ってみようと思い立った。常駐していたといっても、観測地とキャンプ地は違うだろうし、例えそれらしき場所を見つけることができたとしても、あいつの性格上、何かを残しているようなことが考え難いことも分かっている。それでも、今なら、何かを拾える気がしていた。
「ブルーには言ったのか?」
「……ああ、明日の朝六時に出発するつもりと」
「邪魔されるかもしれんぞ」
思いたって一番に連絡したんだ。事実の通りを伝えると、グリーン先輩は低く笑った。冗談めかした、ずいぶんめずらしい笑い方だった。
それは、俺も何となく、そうかもしれない、と思っていたことで。ただ、それが邪魔という言葉にはつながらなかった。ただ漠然と、ねえさんが俺を止めようとするかもしれないと感じていた。だが、例えそうなら、ねえさんは俺を止めなければならないし、俺はねえさんに、止まらないと言わないといけない。そう思った。
この数ヶ月で、ねえさんのことについても、分かったことがある。俺の思っていたよりもずっと、俺はねえさんに多くを与えられていて、それがあまりにも大部分を占めていたので、それにすらずっと気付かずにいたということ。
小さい頃から一緒にいて、たくさんのものを与えてくれた彼女に、例え彼女の身につけているほんの小物のことであっても、嫌いという感情を抱くことがあるなんて信じられなかった。アクセサリーや靴の収集だって、理解できなかったにしろ、彼女がそうするなら良いものだろうという不思議な確信が持てたし、彼女が嬉しそうに新しい靴の話をするのは、目にも耳にも快かった。彼女が嬉しいなら俺もそれだけで嬉しかったし、彼女が悲しいなら俺もそれだけで悲しかった。
そして気付いた——というより、理解したんだ。その変化を、ねえさんが不安に思っていることも、なんとなく分かった。けど、それだけだ。ねえさんの不安を自分のものとして捉える時期はもう、とうに過ぎ去っていたのに、理解していなかったから、催眠にかけられたまま、ずるずるここまで来てしまった。
驚くほど不安は無かった。こんなものかと拍子抜けしてしまうほど。ねえさんの感情は、伝染するものではなく、理解する対象のひとつになってしまった。それだけが少し悲しい。
「きっと、ねえさんは来る」
小屋の中、大地の奥義を閉じながら呟いた。
明日に備えて寝ようと毛布を引き寄せたら、知らない女のにおいがした。