pkmnsp 二次創作ブログ / CP雑食
リクエスト「レッド/グリーン/ゴールド/シルバーの先輩後輩小説」
あるとき目覚め、塒の外へ出るたび、山は光で満ちている。朝だ、と感じる。雲が落ち、三日三晩続く吹雪の間、じっと闇の中に身を潜めている間、目は開いていても、手を動かしていても、光が射さないうちは、やっぱり眠っているんだろう。時間も規範も、遥か地上に置き去りにされて、一日は三日に、三日は一週に、一週は一月に、一月は一年に。そしてあるときに下山してみると、二週間ほどの滞在だったはずが、三日、遅れている。
日めくりカレンダーをめくるのを、しばらく忘れるときがある。あるとき気付いたときには二週間が過ぎていて、明々後日くらいまでの日付が透けて見えるほど薄い一日分の紙を十四回ちぎりとる羽目になる。一枚一枚があまりにも極薄なので、こんなに一日というものは薄いものだろうかと疑問に思ったりもするものの、十四回ぶんの紙を一回目、二回目とちぎりとりながら、その日何をして、どんな気持でいたかなんて、まったく思い出せない。一日と十四日なんて、じつはそんなに変わらないんじゃないかとすら思ったりする。あの感覚と、おなじだ。
山から降りる度、地上では何かが変わっている。子供の頃は気にも留めなかったものが、決定的に変化しているのを、今は感じ取ることができる。ただ、それは頭の中で理解できるだけの話で、それを羨ましく思ったりとは違う。ただ、かつてはすべて一面の大雪原だった世界が、ふたつに分かれてしまって、かつて自分のまわりにあったものの多くが、もうひとつの世界に吸い取られてしまって、寂しい。
先を行く足跡。足の形にへこんだ雪に、うっすらとかかる青い影。顔を上げたとたんに大きく凪いだ風に赤い長髪が翻る。視線の先では、シルバーと、その従者のようなニューラが二つに分かれた山頂が雲海へ浮かぶ方向へ歩いている。ふ、とレッドは彼らの歩く先が崖であることを思い出した。
「ふたり共、そっちは崖だぞ」
レッドがそう声をかけると、シルバーとニューラは殆ど同時に振り返った。きょとんとした表情が似ていた。やがて二人は連れ立って、すなおにもどってきた。
ゴールドがゴマゾウの子供達を拾って二日、ひとりを除いて、彼らは一様に元気になった。勿論、まだ元気になっていないひとりというのは不具になった子のことで、彼女は昨日の夕頃から高熱にうなされていた。修行のために持ってきていた、市販のきずぐすりではどうにもならない。その矢先に、レッドはとある薬草のことを思い出した。ドラッグストアで売っている、桁外れて高価な薬の主成分となる薬草が、シロガネ山に自生している。レッドは何回目かの登山の際に、怪我をして倒れていた薬屋から聞いて、彼の怪我のためにその薬草を探しにいったことがあった。幸いにして一日で往復できそうな距離だった。
四人はポケモントレーナーであるから、ポケモンの怪我や病気の治療は専門外だったが、グリーンはオーキド博士の孫だけあって、この場にいる中では、医者として一番ましな処置ができそうだったし、ポケモン屋敷で育ったゴールドは、弱ったポケモンへの食事もお手の物だった。消去法からいって、今朝方、レッドとシルバーが出発した。道のりの半分まで鳥ポケモンで飛んできたのだが、風が強くなって安定が立ち行かなくなり、二人は降りて歩き出した。
シルバーは余計なことを言わない。それにニューラはもちろんのこと、ほとんど足音を立てない。沈黙を当然として受け止めるらしかった。足跡さえ残らなければ、その存在を忘れてしまうほどに。だからレッドは、普段は意識から遠ざけていることを深く考え込んだり、忘れようとしていたことを思い出したりしたのかもしれない。彼が戻って来て、ふたたび、少し違う方向へ歩き出す。シルバーはいつの間にか、レッドよりも少し前を歩いている。こおりタイプのニューラが、雪原の散歩に浮き足立っているのかもしれない。透明な風のように、彼らは軽く雪原を滑っている。
誰にも言ったことがないことだが、レッドはシルバーと聞くと、サカキを連想する。大人でありながら、社会に反逆するあの男。レッドも、あの男が考えていることについてはよく分からない。ただ分かるのは、強さを愛し、戦いを楽しむことのできる男だということ。けれど、それだけ分かれば十分じゃないかとも思う。彼との戦いは熾烈を極め、ただただ恐ろしかったけれども、同時に毒々しいほどに鮮やかだった。今でもレッドの記憶に強く印象づいているあの男の息子が、ブルーの義弟で、ゴールドの友達で、今、レッドの少し前を歩いている、シルバー。
(……世間って狭いよな)
何度そう思ったか分からない。
(でも、まあ…………確かに……似てる、のかもなあ)
あくまでグリーンやゴールドや、他のまわりの人々と比較して、だが。どっちかといえば、サカキ寄りな気がする。
シルバーは家を持っていない。各地に寝泊まりできるような場所を作っているのだという。そして今は、父親サカキを改心させるべく修行を——、と、そこまで考えて、微かに引っかかるものを感じた。
「シルバーってさ、修行するとき、どうしてんの?」
「…………どうしてるって」
シルバーは軽く視線をこっちに向け、困ったように答えた。
「自主トレと、野生ポケモンと戦ったり、後は……勝ち抜き戦や修行の出来る施設に行くくらいだ」
「うん…………、だよな。俺も色んなとこ行ったけど、シロガネ山はかなり修行に向いてる場所だと思うんだ。でも、来たこと無かったんだろ。どうしてかと思ってさ」
レッドのほうに視線を向けないまま、シルバーは同意した。
「そう思う。だが、ここは危険過ぎる」
「……まあ確かに、毎年何人か死んでるけど」
すこしの沈黙があった。シルバーの歩く速度が、少し鈍った気がした。
「……。ねえさんと二人で旅をしている頃、明け方、寒さで路上死した人間を見た。酔っぱらって眠って、そのまま死んでしまったんだろうってねえさんが言ってた」
「ああ……毎年いるよな」
「俺は、あんな死体になるわけにはいかないから……寒い所には、行かないようにしてきた、だけだ」
酔っぱらっているとはいえ、なぜあんなふうに死んでしまうんだろう、とみんな不思議がっていた。あるいは酔っぱらわないでさえいれば、とみんな口を揃えて言っていた。だが、今のレッドにはそうは思えなかった。酔っていただけだったのだ。彼はただ酔っていて、その結果たまたま死んだ、その人はそのとき酔わなければならなかったのだと、レッドには分かっていた。
「寝たら死ぬもんな」
「寝たら死ぬ」
呟いたレッドに応えるように、シルバーも言って、ちらりとレッドを振り返った。その口元が小さく動いた気がして、レッドには、シルバーがこういったように思えた——あなたは、それでいいのかもしれないけど。そうかもしれない。レッドはひとり口の中で呟いた。
件の薬草は、西南の方角へ真っ直ぐ。今年は冷夏だったらしいので、多くの雪が溶けずに残っていて、いくら歩いても、景色は変わり映えしない。白い丘陵が連なり、広がる雪原を渡り。レッドの少し前でうねり流れる赤い髪も、シュプールみたいになだらかな後端の足跡が織りなす影も、沈黙も、消え去った時間も。
(違うんだシルバー、俺にとっては、雪山での目覚めこそがほんとの目覚めなんだよ)
彼にとって、父親との戦いが本当の目覚めであるのと同じように。
(旅立つよりもずっと前から、俺はここで目覚めてきたんだ)
何もない真っ白な大地の上で、昨日のことのように思い出せる、マサラタウンを旅立った日の記憶。
マサラはまっしろ。はじまりのいろ。