pkmnsp 二次創作ブログ / CP雑食
リクエスト「サカシル親子救済小説」
ないと不便なので、金銭はある程度持ち歩くようにしているのだが、サカキは「お前は拉致された先で出されたものを食べただけだ」と言って俺の食べたぶんの支払いについて取り合わなかった。それは確かなので、大人しく従うことにした。ドライブインを出てからは長かった。けど、短かったとも思う。わかったのは、カーエアコンはひどい代物だってこと。常時窓を開けておかないと臭いだけで参ってしまいそうだった。ようやく高速道路を降りるというときになってデジタル時計を見ると、ドライブインから出発して、だいたい二時間と少しが経過していた。タマムシのインターチェンジで降りてタマムシの街中を突っ切り、近郊のこじんまりとした商店街の店のひとつにとまった。
サカキについて店の中に入ると、どうやら寝具を取り扱っているらしく、狭い店内に数々の布団や枕が重ねられている。奥のレジカウンターのむこうの年老いた店主がめずらしそうに俺たちをながめていたが、サカキは頓着せず、敷き布団の列に入ると、俺に向き直って訊いた。
「どれがいい」
「……………………え?」
「おまえの布団だ」
何かの聞き違いかと思った。だが、サカキはおおまじめな顔をしている。
それで、ようやく思い出した。俺はただのドライブに来たわけじゃない、サカキが俺に話があって、準備が必要だというから——
「待て。準備というのは……」
「”準備”だ」
と言い切って、サカキは布団を指し示した。
ふざけるな、と大声を出しそうになったが、店内の静けさがそれを押しとどめた。少なくとも、店主に聞かれていいような話じゃない。俺は開きかけた口を閉じ、そのかわりにサカキを思い切り睨みつけた。どういうつもりなのかなんて分からない。だけど、サカキの言うことを聞かないことには問い質すこともできない。
「……なんでもいいよ」
「良くはないな。お前の寝床なんだから」
溜息が漏れる。申し訳程度に目の前の敷き布団をいくつか触ってみて、よさそうな気のしたものを選んだ。それから枕と掛け布団も選んだ。
最後に、サカキは俺を店先のワゴンの前に連れていって、それらのカバーを選ぶように言った。俺は当然ながらあまり気乗りしていなかったが、片っ端からカバーをめくっているうちに、ふと変わった感触のものを見つけた。思わず手に取ってみると、それはグレーがかった生成り色で、固くざらざらしている。横で黙ってみていたサカキが「リネンだ」とつぶやいた。
「それが気に入ったのか?」
気に入った? 思わず言葉を失って、サカキを見上げた。
そうかも知れないと思う。これがいい、と思った。綿よりも粗く、絹よりも固く、麻よりは滑らかな。ゴールドの家のシーツは真っ白な綿。枕も掛け布団カバーも綿だったはず。けれどどこかで……
「落ち葉の中に寝たときの感じに似ている」
ようやく気付いて、思わず声に出していた。サカキは目を瞠って俺を見て、「……面白いことを言うな」とだけ言って、店の奥のほうへ遠ざかっていった。店主とサカキと協力して、勝った布団の一式を車に詰め込んだ。小さな車だからすぐにいっぱいになってしまうと思ったのに、布団はトランクにぴったり収まった。これでようやくサカキを問い質すことができると思ったのに、サカキは車には戻らず別の店に入ったの叶わず、そんなことを繰り返して、ようやく車に戻ったころにはトランクと後部座席は荷物でいっぱいになり、西の空は赤くなりはじめていた。
「帰る頃にはすっかり遅くなる。夕食を食べておいたほうがよさそうだな」
車に乗り込みながらサカキは呟いたが、夕食どころじゃない。俺がじれったがってるのは知っているに違いないのに、なぜこんなに飄々とした態度をとるんだ。トランクには布団の一式。後部座席にはマグカップが二つ、皿が二枚、フォーク、箸、スプーンが二組。ゆったりとした寝間着が一着、それからタオルが数枚。
「サカキ……、お前は俺と話す準備をするために来たと言った。だが、俺にはこれが話す準備とは思えない、これじゃまるで——」
その先は勢いに任せても出てこなかった。その先にある言葉、その言葉の孕んだ意味の大きさ、その言葉を続けるということの恐ろしさに、喉が詰まる。我に返って身震いした。
「”二人で暮らす準備”みたいだと?」
わけもなく突きつけられた言葉に、肩が跳ねた。
フロントガラスからの光は赤く、ハンドルと、サカキの黒いコートを薄い橙色に照らし出す。おそろしくて顔が上げられない——何が? わからない、俺はいったい何がおそろしいのか。サカキと敵として対峙したときさえ、恐怖など微塵も感じなかった。そんなものはなかった。けれど今俺は確かにこわがっている。それが分かる。じかに触っているみたいに。そして思い知らされている。泣き出したいほどに。
「……話したいこととは、何だ」
声はみっともなくふるえていた。まともにサカキの顔を見られない。どうして。どうして。おれはなにをこわがっている。
「お前がそんな調子では、話せないことだ」
「答えになっていない!」
かっとなった勢いで顔を上げて、息を呑んだ。そこに、斜陽に半分が照らし出された男の顔があった。ガラスごしの空は青と赤が半分ずつ、車内の影の中にくっきりと浮かび上がっている。暗い水のように車内に満ちた黒い影のなかに佇んでいる。俺には、それが何なのかよく分からなかった。彫像のように動かない表情。顔に半分だけ落ちた影が少しずつ、もう半分を浸食する。かれは老いている。黒い目の中でひかりが踊っている。そのとき、胴のドリップポットを思い出した。光を転がしていた表面、けれどこの光は赤い。燃えているみたいだった。
ふ、と気付いたら目の前に手があった。突然あらわれた。手。手だ、と思う。それは暗く陰っていて、だけど大きいと思った。その手は静かに俺の頭の上に置かれるのを、ふしぎな気持で眺めていた。
それからタマムシのステーキの店で夕食を摂って、高速道路のインターチェンジに向かった。もう外は真っ暗だった。冷えてきたな、と言って、カーエアコンがつけられた。車があたたかくなるまでいくらもかからなかった。
インターチェンジでは、行きと同じように色紙を渡された。今度は「タマムシシティ」。
「失くすなよ」
笑ってるみたいな声で、言った。でも俺は眠かった。すっかり満腹だったし、それに今日はずいぶん慣れないこともたくさんしたから。うとうとしていた。でもそれに気付かないみたいで、こう続いた。
「お前はずいぶん失くすからな」
もう目を閉じていた。胸が勝手に呼吸をしはじめる。空気を吸い込むたびに顎が自然と僅かに浮かんで、吐き出すのといっしょにまた沈む。少し遅れて脳がその台詞を連れてきた。お前はずいぶん失くすからな。
「……うん……お父さん」
古いエンジンの排気音。振動。窓の外を埋め尽くす街の灯。たくさんのものを積めこんだ小さな車。エアコンの温度設定が、すこしあたたかすぎるかな。
そんなことを思いながら眠った。明日のことも、一緒に乗っている男のことも考えずに。