クリスが風邪をひきました。
今朝方、慌てた様子のウツギ博士から電話があった。なんでも、手伝いに来ていたクリスが倒れたらしい。なお悪いことに、クリスの母親とは連絡つかず、博士や他の助手も仕事ですぐに研究所を出なければならないとか。
鍵はクリスが持ってるから、外に出るときは借りて施錠してくれと言い残して、博士は慌ただしく出て行った。いくら図鑑所有者とはいえ、ゴールドをほいほいと所内に通して、自由に使っていいなんて言ってしまうあたり、あの博士の人の好さにもほどがあるというものだ。そんなんだからあのヤローみたいな泥棒に入られるんだよ、とゴールドはちょっと呆れる。
「……マジかよ……」
所内のベッドに寝かされたクリスを見て、溜息をつく。ちょっとした風邪どころじゃない。既にぐったりじゃねーか。
博士や他の研究者たちが、忙しいなりに甲斐甲斐しく面倒を見てくれていたらしい。額にはられている熱冷ましのシートに指先で触れると、まだ効果は持続していた。おまえ元気になったら博士達に感謝しろよな、と額を指先でぐりぐりする。クリスが苦しそうに身をよじった。
まあとにかく、しょうがねえ。ぐっすり眠れてはいるようだし、薬は博士が用意してくれたものが枕元に置いてある。水差しも完備。後は栄養、だな。
所内のキッチンまで行き、持ち込んだ食材を広げる。レンジでチンするタイプのレトルト米、卵、昆布だし、長ネギ、その他消化によい野菜諸々。あの様子じゃあんまり食えねーだろうなと思いながら、備え付けのミルクパンでお湯を沸かしつつ、長ネギを刻む。他の野菜も持ってきたけど、入れないほうがいいだろう、と思う。
長ネギと米をだし汁で半ば溶けるほど煮込んで、いい感じの粥ができた。火を止めて、クリスんとこ戻って声をかけてみたら目を覚ましてて、食えそうだっつうので、キッチンに戻って卵をといて落とす。しっかり固ゆでになったことを確認してから、皿に盛ってクリスに持ってった。
「クリス、起きてるかー?」
「……ゴールド?」
「粥、持ってきたけど食えるか」
さっき確認したけど、念のため再確認。クリスは相変わらずぐてんとしていたけれど、頷いた。サイドテーブルにトレイを置いて、スプーンで小さな椀に取り分けて渡してやった。
クリスは緩慢なしぐさで受け取った椀を持って、スプーンでのろのろと粥を口に運ぶ。重症だなこりゃ。熱が高くて、と博士も心配していたことを思い出す。
舐めるように粥を口にしたクリスの喉がこくん、と動く。クリスに気をつけてやる以外はやることもないので、ゴールドはクリスが食事をするさまを眺めていた。のだが、不意にクリスの頬をぼろりと涙がこぼれおちたのを見て、ぎょっとした。所詮は病人、感想なんて欠片も期待していなかったが、まさか泣くほど不味かったのか!? ショックとかそういう驚きを超越して、ただ狼狽えることしかできない。
「……く、クリス、どうし」
「ゴールドが」
「……!?」
「ゴールドが、やさしい……」
絶え間なく涙を流しながらの、まさかの一言に固まった。えっ、こいつにとっての普段の俺ってそんなに優しくないの? まさにそんな心境。いろんな意味で複雑すぎて言葉が出てこないゴールドを尻目に、クリスは泣きながらつらつらと続ける。
「……いつもふらふらしてろくに連絡もしないし、心配すればするほどまじめないいんちょうって揶揄うし、だらしないし、ナンパはするし、不真面目だし、不良だし……!」
……はい。返す言葉もございません。
反論できないことはできないのだが、ちょっと理不尽な気がする。いやいや相手は病人、病人は理不尽なことを言うものだ。けれど、病人に涙ながらに自分の欠点を指摘されるというのは想像以上に精神に来るものがあって、この出来事はゴールドの心に微妙過ぎるトラウマを残す事になった。ちなみに、全快したクリスが何も覚えていないのは、お約束というものである。