ゴールドが風邪をひきました。
風邪、というものには、どのように対処するべきだっただろうか。
シルバーは乏しい記憶を手繰り寄せるようにして、激しい雨の中で人の秘密基地に上がり込んでそのまま寝入ってしまった挙げ句に、風邪をひいたらしい傍迷惑な男を前にして考える。シルバーが唯一姉と呼ぶことのできる女性は、彼が風邪を引いたとき、額を冷やしたり身体をあたためたり、それはよく世話をしてくれたものだった。
後は、彼女と別行動をするようになってからは、風邪をひいたときはとにかく眠ってやり過ごした。もちろん、野外でだ。このあいだ風邪をひいたというクリスが、そういえばシルバーって風邪をひいたときどうしているの? と心配そうに尋ねてきたので、そのままを答えたら随分驚かれた、と思考が関係のないところに逸れた。
とにかく、額を冷やして身体を温めてよく寝かせて、あとは食べるものがあればいいだろう。手始めにシルバーは、濡れ鼠になっていたゴールドの洋服を引っ剝がす。男同士だ、何も遠慮することはないと割り切ったシルバーの手つきはそれは鮮やかなものだった。慣れていないこともあって、少々乱暴ではあったが。パンツ一丁になったところで逡巡し、流石にこれ以上は止めておこうと思った。下一枚はそれほど濡れていないのもあったし、ゴールドが起きたところで面倒臭いことになりそうだ。
秘密基地に常備してある毛布をはたいて、ほぼ裸の男を包む。この秘密基地に来たのも久々だったから、いささか埃臭いのは辛抱してもらわないといけない。くしゅん、と眠ったままのゴールドがくしゃみをした。後は額を冷やすもの、と考えて、シルバーは姉がしていたとおりに、自分のハンカチを濡らしてゴールドの額に乗せておいた。身体はあたためるのに、頭は冷やすのか。なんだか矛盾しているような気もする、と今更のように思う。
あとは食べ物……と、はたと思考が止まる。
シルバーは基本的に食べ物には無頓着な上、運動量の割に少量で事足りる。このときに限って食べ物の持ち合わせなどあるはずもないし、非常食すら秘密基地に常備してあるわけでもない。なお悪いことには、シルバーは病人食というものをあまりよく知らなかった。レトルトパウチの、どろどろした何かを食べていたような気がする、が、それが何なのか。姉にも聞かずじまいだった。
それから数刻、身じろぐ気配に振り返ると、ゴールドが小さく呻いて目を開けたところだった。目の焦点がぼんやりしている彼から視線を外して、作業続行。土砂降りの雨の中買ってきた、大きめのプラスチック容器の袋を開けた。
「……ん、あれ、シルバー……?」
「食べるか?」
ショップのレジ袋のなかのレトルトのお粥を指し示すと、まだよくわかってないみたいな顔をしつつ、ゴールドはうなずいた。熱で頭がぼうっとしているのかもしれない。
結論からいうと、シルバーは姉に助けを求めた。大丈夫だから落ち着きなさいと少し笑いながらも、姉はよく教えてくれた。そんなに不安そうな声をしていただろうか、とおもう。
マッチと薪でお湯を沸かしてあたためたお粥をプラスチック容器の中にうつし、同じくプラスチックのスプーンと一緒にゴールドに渡した。おまえさあ、と少し赤い顔をしたゴールドが呆れたように溜息をつく。
「食器くらい、買えよ」
「必要ない」
「必要だろ」
ぼんやりしている割に口の減らない奴、とシルバーは嘆息する。必要ない、と繰り返せば、なんで、とかえってきた。こっちの台詞だ。お粥を口に運びながら、だってさあ、と病人はひとりごとを言う。病人の戯言と思って聞き流す準備を整えつつ、消火。
「こういうとき」
「?」
「また俺がこうやって具合悪くしたときに、必要だろ」
「馬鹿か」
相変わらず調子のいい奴だ。俺の秘密基地は病院か何かか。と思わず突っ込んだら、えー? と間延びした声をあげつつけらけらと笑っていた。酔っぱらいか、お前は。
「…………こうやってさ、そーゆーこと言いつつ面倒見てくれるじゃん、おまえ」
だから必要だろ。
へらりと笑われていらっとした。が、ありがとなー、と次に続いた声の能天気な響きにどうでもよくなる。思ったよりもずっとこいつに情がうつっていたらしいことに気付いて恥ずかしくなりつつも、食器か、なんて思わず考えてしまった自分に腹が立つ。とりあえず元気になったら一発お見舞いしようと決めて、シルバーは寝ろ、と一言、ゴールドを薄い毛布のうえに引き倒した。