pkmnsp 二次創作ブログ / CP雑食
リクエスト「レッド/グリーン/ゴールド/シルバーの先輩後輩小説」
真っ暗闇の中に、四角に浮かび上がる人工の光。闇を切り取って、そこから光が覗いているみたいだ。断続的なタイプ音。すこし考えては書き、少し消しては表現を変えて書き直す。トキワジムリーダーの音。休日のジムの一室での音。来客用のソファに寝転んで、目を閉じると、聞こえてくる。グリーンの音。
真夜中の一時だった。レッドはもぞりと身じろぎしつつ起き上がると、手近にあった毛布を引き寄せて包まり、裾を引きずりながら、光のほうへ向かって歩いた。気配も足音も殺さず、真後ろまで来て画面を覗き込んでも、グリーンは反応ひとつしない。つんつん頭が光を遮っている。
「……レポート、書いてるのか」
出てきた声はすこし掠れていて、思いのほかねむそうだった。グリーンはタイプする両手を休めず、視線も画面に固定したまま、うなずいた。
「ああ。締め切りまで、時間がないからな」
「目、悪くするんじゃないの、こんな暗くちゃ」
「問題ない」
「ろくに聞いてないんだろどうせ」
「……コーヒー」
「……は?」
「暇なんだろ」
「あー……ハイハイ」
眠る前に、俺はまだもう少し起きてるからそのままでいい、とグリーンが言った焚き火は、ほとんど燃え尽きかけてとろ火になっている。実際凍えるほどの温度になっているというのに、キータイプ音はトキワジムでよく聞いていたもののそれだ。よくかじかまないよなと半ば呆れながら、レッドは新しく薪をとってこようとして、はたと気付いた。薪がもう尽きかけている。
「……そっか。もう、明日が最後か」
ひとり呟いて、レッドは薪を二、三本ひろいあげて火の傍に戻ると、薪をくべ、固形燃料に火をつけた。火は勢いよく燃えあがり、良い具合に薪にうつるのを待つついでに、金属製のポットに水を注ぐ。間もなく湯が沸いたのを見て、レッドはコーヒーをいれはじめた。出来る限りゴールドがやっていたのを思い出そうとしながら。
インスタントでいいのに、とレッドがうっかり言ったときに、ゴールドは信じられないような顔をしていた。食事だって旅の一部、修行の一部じゃないっスかと憤るゴールドの言いたいことは、相変わらずレッドには分からなかった。でも、きっとそれでいいのだと思う。
グリーンはレッドからコーヒーを左手で受け取って、一口。
「……おまえも下手なんだな」
「な! 悪かったな……って、おまえもってどういう……」
「俺も下手らしい」
「らしい、て。え、おまえも誰かに淹れたの?」
「シルバーに言われた」
確かに、シルバーならあっさりストレートに言いそうだ。思わずその現場を想像して吹き出したレッドに、グリーンは静かにしろと注意する。レッドは慌てて口を閉じて、ゆっくりと振り返り、後輩二人が眠っているのを確認して、ほっと息をついた。
そして、ふと手元に持ったままだったコーヒーフィルターに目がいった。こんなもの、今まで殆ど手にしたことなんてない。レッドはぽつりと呟いた。
「ずっと、バトルばっかりだったもんな」
「……そうだな」
「ポケモンのこととか、戦略のこととか、そんなことばっか考えてた」
「そのわりにお前のポケモンは能天気過ぎて呆れたがな」
「んなっ、それを言うならグリーンのポケモンは真面目すぎだろ! 俺のポケモンまでこーんな目つきにするしさあ」
「お互いさまだ、俺のポケモンもお前の影響で危機感のかけらもなくなったんだからな」
「……そーか?」
「そうだよ」
おっかしいなあ俺ふつーにしてたつもりだったんだけど、とのたまうレッドに、だったらそのふつーとやらが能天気すぎるんだろとグリーンは切り捨て、なにおう、真実を言ったまでだとそんなやりとりにまで発展したところで、どちらからともなく急に馬鹿馬鹿しくなって止めた。
「……そーだ、あと、次お前に会ったときどうやって勝つかとかも考えてたな」
「なんだお前もか」
「え、グリーンも? 俺だけかと思ってた」
「まあ、たまにはな……」
「けど、いざ会うとなったらぜんぶ吹っ飛んでさ」
「お前はそうだろうな」
「お前は違うのかよ」
「多少は覚えてた」
「そういうの五十歩百歩っていうんだぜ」
「うるさい」
キータイプ音は続いている。つっかえて、考えては打ち直して、迷いさえ淀みない。振り返って覗いた液晶の中では、ワードプロセッサが起動している。薄黄色の背景に、少しずつ、けれども着実に、文字がひとつひとつ書き出されていく。
レッドはこのときはじめて、キーボードというものをまじまじと見た。ずらりと並んだ正方形のキーの配置上で、グリーンの指が忙しなく動いている。
「なあグリーンって機械強いの?」
「ある程度はな」
「……へえ、ちょっと意外だな」
「俺を誰だと思ってるんだ?」
「誰って……」
ていうか火のまわり来たらいいのに寒いだろ、というレッドの言葉に、グリーンは何も言わずに従った。ノートパソコンを両手に立ち上がり、焚き火を境にレッドの向かいに座った。腰を落ち着けるなり、彼は作業を再開した。
レッドは何かを考え込むようにその様子を眺めていた。ぱちぱちと火の粉の爆ぜる音の向こうで、人工的なキータイプ音が続いている。グリーンの表情は平静で、落ち着いていて、とても冷めているように見えた。けれどその目の奥では炎が燃えている。そうとレッドが知っているからだ。
続く呼吸のうちのひとつ。ふと、息を吸い込んだ瞬間。レッドはふいに、自分の心がいまとても平らで、気分がすっかり落ち着いていることに気がついた。
「なあ、グリーン」
言葉は予期せずとも、するりと流れる。続く言葉への躊躇いすら、いまはなかった。
「おまえに言えなかったことがあるんだ」
ぴた、とキータイプ音が止んだ。
グリーンはゆっくりと顔を上げる。
真正面から見るレッドは不思議な表情をしていた。いつになく真面目なそのくせ、瞳の紅玉は燃え立つようにかがやき、微かに綻んだ口元からはいまにも微笑がこぼれおちそうだ。息すら潜める静けさで、彼はその目の奥を燃やしている。全ての言葉は意味を失い、過去と未来は現在と融和する。
一帯は闇。照らし出す炎と皮膚の上を踊る光。爆ぜる火の粉。巨大な闇と静寂に圧し潰される、その窒息の向こう、二人はそこにいた。
そこに、社会はない。
そこに、言葉はない。
そこに、過去はない。
そこに、未来はない。
言葉は宙に浮き、風に攫われるだろう。刻み付けた足跡は、雪に塗り替えられるだろう。闇とともに眠れば、死んでしまうだろう。いつでも目が覚めれば、光に満ちているだろう。そこは雪山。ふたりが旅した道。空虚に吸い込まれそうなその場所で、ただ約束がふたりを繫いでいた。
何より先に、いつもお前がいた。言葉よりはやく、お前がいた。俺とポケモンの前にはいつだって、お前とポケモンがいた。
「グリーンがジムリーダーになってからさ、正直驚いてた。公式戦をやったり、人に教えたり、書類仕事したりするお前なんて、ぜんぜん知らなかったから、どんどん知らない人になってくみたいだった」
「……そこではじめて、俺のことを全く知らないことに気付いたか?」
「そう、俺、お前の誕生日も血液型も知らないし、小さな頃に好きだった戦隊や、苦手な食べ物も知らない。普段、修行以外で何やってるのかも」
「知ってるのは、年齢と性別、それに家族構成くらいか。ちなみに、俺はお前の年齢と性別しか知らなかったぞ」
「あはは、そういえばそうか」
「……言葉で考えはじめたら、どんどんお前のことも分からなくなる。性格は明るいほうだろうとか、ポケモンも揃って呑気だとかな」
「……でも、そのどれも違った」
レッドは不意に破顔した。
そして無数の言葉は収束する。すべてはひとつになる。論理も、感情も、何もかもが、全体としてのひとつに。
「お前はグリーンだ」
ただ、それだけ。
「……お前は、レッドだな」
低く微笑しながら、グリーンが応える。
必要なのはたったそれだけ。たったそれだけのことに、ずいぶん遠回りさせられた。何もない場所で、目を閉じれば、耳を塞げば、きっと驚くほどかんたんに分かったことなのに。
何一つ知らなくても、分かってる。言葉でも記憶でも伝えられないことを、知っている。姿が見えずとも、声が聞こえずとも、そこにいるのが分かる。暗黙の約束に、つながれているのを感じている。
『あんま、知らないんスよ。あいつのこと』
『あんなものを背負っては駄目だ、あいつは——ああいう奴だから』
『助けたかった——おれが?』
『柄でもねえな、オイ』
「……レッド」
時を越えて。記憶を越えて。この名を呼べることを、幸いに思う。
深呼吸する。伝えるべきものは、既にこの命の中にある。遥か昔、少年だったころ、出会ったその瞬間から在って、この血をもってあたためてきたもの。顔を上げる、燃える紅玉に対するこの目を誇らしく思う。
「おまえが此処で強くなると言うのなら、俺は彼方で強くなる」
一瞬、見開いた目に覚えた愉悦。それを噛み締めながら、この言葉を。世界が一番、口にするのを待ちわびていた約束を。
「オレは、降りない」
世界を結んだ楔は解かれた。
いま、ひとつの約束だけで、ふたりはつながれている。