忍者ブログ
2026.06│ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30
pkmnsp 二次創作ブログ / CP雑食
2026年06月22日 (Mon)
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

2013年09月22日 (Sun)
水槽の少女(詳しくはこちら)の没エピソードを発掘したので。

子供に対して大人というものは圧倒的だ、とブルーは思う。
 体格、力、声の大きさ。何をとっても子供が大人を超えることはできない。一対一で対峙したとき、まるで赤子の手を捻るように、子供は大人のいいようにされてしまう。そういうとき、子供にとって大人は同じ人間ではなくて、自分を害する怪物になる。
 大きな身体と強い力を持つ仮面の男は、そういう意味で大人のなかの大人だった。夜、ブルーがベッドのなかで眠っているとき、彼は怪物になった。雷のような怒号がブルーの部屋に響いて、彼女は目を覚ますと同時に身体を竦ませる。何と言っているのか、内容まではよく聞き取れないが、荒々しい怒鳴り声が布団の上から背中を打つ。彼女は頭まで布団に潜り込んで、その端を強く掴みながら、震える身体を丸めて怪物をやり過ごす。
 こんな夜更け、怪物の怒りの矛先は決まりきっている。仮面の子供たちのうちで一番年下のシルバーが、またその圧倒的な力の前に晒されているのだ。仮面の男は、シルバーに厳しすぎる訓練を施すことがある。まだ若干四歳にしか満たない彼は、どうあっても他の皆と比べて出来が悪いから、瑣末なことで仮面の男の怒りを買う。
 子供であるブルーとシルバーは、その圧倒的な力を前になす術を持たない。シルバーが叱られている間、ブルーは嵐が通り過ぎるのを待つようにじっと黙りこくり、怪物の目が届かないところまで来たとき、初めてシルバーにやさしくした。シルバーは身体が小さいながら、肝の据わった子供だった。ブルーは叱られる彼の目から、仮面の男を睨む鋭い光が消えたところを見たことがない。彼は怯えと同時に怒りをもって仮面の男と対峙する。そこが、仮面の男の神経を逆撫でする要因のひとつかもしれなかった。
 シルバーが傷つけられているときは何もせず、後になってその傷口の具合を覗き込んであげるような自分の行動を、ブルーはいつも狡いと考えた。彼女はそのたびに決まりきった言い訳をつぶやく。
(だけど、どうせあいつには敵わないんだ。あたしが口を出したところで、シルバーだけじゃなくあたしまで痛めつけられるだけに終わるに決まってるもの)
 けれどもその日理由もなく、ブルーの脳裏に母の言葉が閃いた。まるで天啓のように、突然、思い出したのだ。
 トキワシティまで買い物に母と行った帰りのことである。空が青くて、風のあたたかい穏やかな午後だった。ブルーはミックスオレを飲みながら、母親と公園のベンチで休憩していた。不意に幼子の泣く声が聞こえて、ブルーがそちらを見ると、ブルーより小さな男の子が地べたに倒れ伏したまま泣いていた。あらあら、とブルーの母が腰を浮かしかけたが、すぐに下ろした。ブルーと同年代の女の子が、その男の子にさっと駆け寄ったからである。
「たあちゃん、ころんだの? いたくない、いたくないのよ」
 黒い髪を三つ編みにした彼女は、慣れた様子で男の子を宥めて立たせると、まだしゃくりあげている男の子の手を引いて水場に向かっていった。ブルーはその様子を目を大きくして見送って、それから母親に尋ねた。
「ねえ、あの女の子だあれ?」
「さあねえ、もしかしたらあの子のお姉さんかしら」
「お姉さん?」
「そうよ、しっかりしてるわねえ」
 おねえさん、という響きが幼心にすごく大人っぽく思えたのを、ブルーは覚えている。そこで彼女は息せききる勢いで尋ねた。
「あたしも? あたしもお姉さんになる?」
「そうね、弟か妹ができたらブルーもお姉さんね。お姉さんになりたいの?」
「なりたい!」
「あら、そう!」
 母親は嬉しそうに弾んだ声で答え、ブルーの頭を撫でた。
「でも、ブルーにできるかな? お姉さんは大変よ、弟や妹を助けて守ってあげないといけないし、我慢しないといけないことだって、たくさんあるのよ」
「がまんする! できるよ、だってあたしお姉さんになるんだもん。ねえ、どうやったら弟か妹がうちに来るの?」
「そうねえ、ブルーが素敵なお姉さんになるって約束したら、きっと来てくれるんじゃないかしら」
「する! あたしすてきなお姉さんになる!」
 ブルーは母親と指切りをして、公園を後にした。ブルーが攫われる、三日前の話である。
 布団に潜っているブルーの頭の中に、ぽっと母親があらわれた。ブルーがだだをこねて困らせたときの、少し苦笑の混じった顔をしている。
(あらあら、素敵なブルーお姉さんはどこにいっちゃったのかな?)
(だってママ、あいつは怖いわ。力だって強いのよ)
(ブルー、ママとの約束を忘れちゃったの?)
(でも、でもどうしたらいいの? わかんないよ、助けてママ!)
(落ち着いて考えるのよ、ブルー。たあちゃんのお姉さんだったら、こんなときどうするかしら?)
 それっきり、母親の幻は消えてしまった。ママひどいわ、とブルーはつぶやいた。彼女はいまにも泣きそうな、途方に暮れた顔をしている。
 別段特別な思い入れがあって、お姉さんになりたい、と訴えたわけではなかった。ただあの瞬間、母親がしきりに感心している女の子へのささやかな嫉妬と、お姉さんという大人びた言葉の響きへの憧憬が、ブルーにそう言わせたに過ぎなかった。だが今やそれは、彼女の中で家族と繋がる数少ない糸の一本となっていた。
 そして翌日、ブルーはシルバーを庇って、酷く痛めつけられた。疲れた身体を引きずってシルバーと連れ立って部屋に帰りながら、それでも心はこざっぱりして、走る痛みすら爽やかに感じられた。ブルーが痛めつけられているあいだ、シルバーはただ目をまるくして見ていた。
 それからというもの、ブルーはシルバーのために何でもした。シルバーを守っている限り、ブルーには両親にいつか会えるような気がした。シルバーを守ったことによるどこかしら快い痛みとともにベッドのなかで目を閉じれば、いまにも母親が、素敵なお姉さんになったわね、と褒めてくれるような気がした。痛みすら誇りであり、愛でもあった。シルバーがブルーに感謝の気持ちをあらわさなくても、構わなかった。彼の存在そのものが、ブルーの中で彼女と両親を強く繋ぎ止めるものになっていた。
 変化が訪れたのは、一週間後のこと。その日しくじったのはブルーだった。何てことはない些細な失敗だったが、仮面の男は機嫌が悪かったようで、ブルーは横っ面を張られた。踏みとどまれずに倒れた彼女が顔を上げると、ブルーを庇うように立ったシルバーの背が見えた。後姿しか見えなかったが、ブルーには彼の表情が手に取るようにわかった。仮面の男を無言で睨め付ける双眸に、鋭い銀の光がぎらぎらと閃いているのがわかった。
 その夜、ブルーの部屋にシルバーが訪れた。彼は何も言わず、ブルーの傍にいた。以来、そんな夜がときたま見られるようになった。
「慰めてくれてるの?」
 ブルーが尋ねると、彼は決まって無垢な顔で首を傾げた。
 シルバーは口が利けないわけではない。むしろ年の割に利口なほうで、ブルーのあとに続いて本の暗唱もできるし、訓練中にはブルーの名前も呼ぶ。ブルーには、彼が日常生活において極端に無口なのが不思議だった。彼は、ブルーに対して感謝も謝罪も一切しなかったが、ブルーが傷つけられればその前に立ちはだかって庇う素振りを見せたし、仮面の男の機嫌が悪かった夜は黙ってブルーの傍に居た。
「……いたい?」
 不意に、舌足らずな声がして、見ればシルバーがブルーを見上げている。
 たあちゃんのお姉さんだったらどうするかしら? ブルーはそう考えて、シルバーに向かって微笑んだ。
「こんなのへっちゃらよ、ぜんぜん痛くないもん」
「……ごめんなさい、」
 俯いて、シルバーがつぶやく。
 そのときブルーは、罪悪感に喉を潰されたように感じた。ずっと見て見ぬ振りをしていたのは、ブルーのほうだった。
「…………あたしのほうこそ、ごめんね。いままでずっと、ちっちゃいあんたを一人で闘わせたりして。これからずっと、あたしはあんたの味方だからね」
 ブルーは幼いシルバーを抱き締めた。たあちゃんのお姉さんだったら、と考えたわけではなかった。ただ、自分より小さな、力のない子供を守ってあげるということが、とても気分の良いもののように感じていた。
 シルバーを守っている限り、ブルーには両親にいつか会えるような気がした。シルバーを守ったことによるどこかしら快い痛みとともにベッドのなかで目を閉じれば、いまにも母親が、素敵なお姉さんになったわね、と褒めてくれるような気がした。痛みすら誇りであり、愛でもあった。シルバーの存在は、ブルーの中で彼女と両親を強く繋ぎ止めるものになっていた。
 そしてまた、シルバーも次第に彼女を姉と呼んで慕うようになり、ブルーがシルバー自身を弟として愛するようになるまで、そう時間はかからなかった。
←No.17No.16No.15No.14No.13No.12No.11No.10No.9No.8No.7
Search
Profile
管理人: tonerico
PR