……終わらなかった、な。
日の光の明るい部屋で、グリーンはようやく手を止めた。時刻は午前八時半にさしかかろうとしている。そろそろ片付けた仕事の成果物を、協会に提出しにいかなければならない。目の前には、まだ微妙に残った未処理の書類束がある。微妙とはいえ、やりきるにはあと四、五時間はかかるだろう。そもそもがあまりに無謀だったのだ。
身体を起こし、やや前傾だった姿勢を正す。背中や首がかつてないほど硬くなっているのが分かった。首を傾けると派手な音が鳴る。
スウ、と秋風が鼻先をかすめた。閉め切った部屋の中に入り込んできた一筋の涼やかさに誘われるようにして窓のほうを見ると、女。女が窓を空けて入ってこようとしているところだった。鍵は閉めていたはずなのに。その光景はなぜかとても神々しいようで、グリーンは彼女から目を逸らすことができなかった。なんだこれは。夢か?
ありがと、メタちゃん。そんなグリーンの心中もつゆ知らず、女はいつの間にか部屋の内側に入り込んでいたメタモンをボールに戻してから、部屋の照明を切った。昼間の太陽の光の下では毒々しい蛍光灯の明かりが消えて、グリーンは思わず息をつく。それから女はつかつかと仕事机まで近付いてくると、丁度左側から机に腰掛けて、身体をひねるようにしてグリーンに顔を向けた。
「酷い顔」
逆光で彼女の表情はよくわからない。揶揄っているのか、心配しているのか。声の調子からは読み取ることができなかった。
「昨日のデート。悪いが行けない、って言ってたのはこういうことだったのね?」
「……ブルー」
そこでようやく、女がブルーであることを認識する。顔を上げたグリーンの頭を彼女はくしゃりと撫でた。それから机の端にあったはがきの文面に目を留めて、小さく笑う。
「終わったぶんはあたしが届けておいてあげるから、あんたは寝ちゃいなさい」
おまえ、いい女だな。
逆光のなかで微笑んだ彼女があまりにも美しかったので、知らずのうちにグリーンはそう呟いていた。ブルーはしばし黙って、それから少し泣きそうに表情を歪めて
「今更気付いたの、馬鹿ねえ」
彼女が出て行く気配を背にしながらベッドに潜り込むと、急速に意識が遠のいて行く。
明日は休日だ。