「もうそろそろ休んだらどうだ」
繰り返すその問いに、もう少し、と何度目かの返事が返ってきたところで、グリーンは目の前で書物に没頭する少年から、当の書物を取り上げた。は、と目を丸くして、その軌跡を追うように顔を上げたシルバーの表情は日頃見ない、子供染みたものだったように思う。それから少し怪訝そうに眉を寄せてグリーンを見上げてくるが、抵抗しようとする気配は無かった。
「もう少しで、キリがつきそうなんだ」
グリーンはシルバーの、こういうところが好ましい、と思う。オーキド研究所から図鑑を、ウツギ研究所からワニノコを盗んだという前科に似つかわしくなく、彼は非常に真面目な少年だった。頑固ではあるが率直で捻くれたところが無く、言葉は少なくとも行動原理はその目的と直結している。ミステリアスな見た目の印象とはかけ離れているが、実際の彼の思考回路は極めてシンプルだ。無口で単純、そして真面目。基本的に素直な性分らしく、グリーンの言うことに無闇に反発することもなく、もし反論があれば静かに物申してくる。第一印象はお互い最悪だったというのに、大した進歩である。けれども。
「勤勉は美点だが、お前の場合は度が過ぎる」
そう。この後輩はやることなすこと、勤勉を超えて没頭の域なのだ。おそらく、一途すぎるのだろう。何か一つのことに向かうと、彼は全てのエネルギーを注ぎ込んでしまう。極端な言い方をすれば、それだけが彼が今生きている意味になってしまうのである。それは、目的達成という観点で言えばプラスになるかもしれないが、反面、目的そのものがぶれたときの動揺は避けられない。実際シルバーは、その隙を突かれると弱い。
冷蔵庫を開けると、紙パックのココアがいくつか入っていた。おそらく、姉が入れていったものだろう。グリーンはそれを手にとってシルバーに投げて渡した。
「もう少し、他のことに興味を分散させたほうがいい。一つのものに囚われると、勝てる勝負も勝てなくなる」
甘ったるいココアを口にさせることで、強制的に彼の関心を書物から引きはがして味覚に向けようという心づもりだったのだが、不意にシルバーが口元を綻ばせた。珍しい。どちらかといえば苦笑に近いような、はにかむような笑い方だ。
「前にワタルさんにもそう言われた」
あのころは聞く耳持たなかったけれど、今になってみると耳が痛い。
小さく呟いて、少し寂しそうに顔を俯かせたシルバーに、グリーンは目を瞬く。そうか。彼は、ワタルの配下にいたこともあったんだったな、と今更に思い出した。
「……あれから、会っていないのか」
「はい」
「そうか。今日はもう遅い。ジムの客間に泊まっていくといい」
「…………はい」
少し口ごもりながらもシルバーは素直に頷き、紙パックにストローを突き刺して口にした。あのココアはいささか甘過ぎることを知っていたが、もう一つ、グリーンは冷蔵庫からパックを取り出した。姉は分かってココアを入れておいたのだろうか。まさかな。別段不快なわけでもないのに、何故か無性に甘いものを口にしたい気分だった。