傷つけることを怖がるのは、やさしさか弱さか
だれも傷つけずに生きていくことができたらいいのに。
もちろん、そんなことは無理難題だということは分かっている。ぼくは人と関わって生きていく術しか知らないし、人と関わっていく以上、些細な違いから傷つけ合い、埋まらない溝を刻んでしまうことだってある。
ルビー君も、きっと同じように思っている。口に出さずともよく分かった。飄々とした立ち振る舞いで彼はうまく煙にまいてしまうけれども、彼はたまに、人並みの少年らしい臆病さを覗かせるときがあった。けれどルビー君はそれを必死に押し隠してしまえるところがすごい。
ぼくらはいつだって臆病で、いつだって何かを傷つけることに怯えている。やさしさといえば聞こえはいいけれど、それは生きていく覚悟が足りないということなんだ。ぼくが生きる、それだけでどれだけの人が傷つくのだろう。未来のぼくはどれだけの人を傷つけているのだろう。立ち止まりそうになりながら、背中を押されるこどものように進んでいく。流されるように、惰性のままに。
取り返しのつかないことだってある。謝ることすらできなくなることもある。お互いの指に棘がもぐりこんだあとは、触れれば触れるほどに傷は深まる。そんなことだってある。やりなおしはきかない、そんなこと、小さな子供だったころから知っていたのに。
ぼくは、前よりずっと強くなった。これからもきっと強くなる。けれどこの弱さだけは、いつまでも手放すことができないと思う。どんなに強くなっても、弱いまま、誰かを傷つけるくらいなら消えてしまってもいい、と思うまま。
「君はやさしすぎるんだよ」
ルビー君はそう言ってすこし笑った。そうかな、とぼくも笑う。
「ルビー君の方がやさしいよ」
ぼくらはお互いの脆弱さを知っていて、それを共有する。だれも傷つけない、おだやかな時間をふたりで作り上げる。それはぼくにとっても彼にとっても救いで、秘密のように止めていた呼吸を潜めてはじめる。おたがいの目の色にうかぶ曖昧な微笑みが、ぼくらにとっては唯一の免罪符だった。