pkmnsp 二次創作ブログ / CP雑食
グリシル
深夜二時、トキワジム潜入。
一本の針金は、拍子抜けするほどあっさりとジムの裏口を解錠する。長年愛用してきたメーカの針金は、思いのほかしっくりと手に馴染んだ。泥棒じみたことをするのも久々だったから、少しは違和感があるかとも思ったのだが。針金の表面で反射していた月の光は、ひとたび室内に足を踏み入れれば宵闇に飲み込まれてしまう。握り込んだ感触だけを頼りに深くポケットに仕舞い、ジム内の探索を開始する。
ジムと名のつくものはどこもかしこも、どうしてこうザル警備なのだろう。ジョウト各地のジムに泥棒に入ったときも一度として見つかることは無かったし、バッジを盗んでも泥棒が入ったというニュースにもならず。バッジの在庫管理はどうなっているのだろう。グリーン先輩のトキワジムならもしやと思ったが、正直拍子抜けだ。
沈黙の満ちたジムの中を歩き回り、目的の人物の寝室を訪れたが、そこには誰もいなかった。再び廊下に出て片っ端から部屋を見てまわっているうちに、一部屋だけ、光の洩れている部屋を見つけた。無防備に、扉は中途半端に開けられたままだ。中の様子を窺う。応接室のようだ。目的の人物——グリーン先輩が、資料を散らかしながらソファの上で腕組みをし、顔を俯かせたまま微動だにしない。眠っているようだ。本当に眠っているのか、そのまま暫く待機。観察。身体全体は眠るとき特有の緩やかなリズムで上下しているし、耳を澄ませば微かに寝息の音も聞こえる。よし。
音を立てずに部屋の中に入り込み、電気を消し、室内を横切ってカーテンを開ける。月の明るい夜だった。振り返れば、グリーン先輩の顔が月明かりに照らし出され、青い影が差している。部屋にはゆったりとした呼吸音だけが満ちる。ようやく息をつく。この空気が堪らなく好きだった。
ローテーブルに散らばる書類を除け、机上に腰を下ろして先輩と間近に向かい合う。寝ている。
どうしても眠れない夜、こうしてトキワジムに侵入するのは珍しいことではなくなっていた。グリーン先輩の寝顔を見ると不思議と安心した。だからいつも、こっそりと彼の寝顔を眺めにここを訪れる。最初は、目覚めた先輩に見つかってしまうのではないかとヒヤヒヤして、五分もいられなかった。けれど回数を重ねるうちに、滞在時間はどんどん長引いていき、今では一時間近く居ることも少なくない。もう少し。もう少しだけ。その時間が積み重なって、今日も長いこと先輩を見ていた。
すこしずつ目蓋が重くなってくる。眠い、もう行かないと。でももう少しだけ。せめぎあう心の内は不思議と穏やかだった。こく、こくと舟を漕ぐ。意識ももうろうとしてきた。行かないと、そう、強く決意した瞬間、まるで見計らったかのように、ふわりと身体が浮いたと思ったら、なにか温かいものにくるまれた。それで最後だった。ふわふわして、あまりにも気持ち良かったので、心は抵抗することなく微睡みの海に溶けていった。
……長かったな。
静かに寝息を立てる後輩を肩ごと片腕に抱き込んで、グリーンは思う。ずいぶん待ったものだ。
最初に気付いたのは、何が切っ掛けだったのかよく憶えていないが、半年前から十数回。この後輩は深夜のトキワジムに訪れていた。彼がよく眠れないのだと知ったのは、ブルーから聞いた話だったか。どうやら眠気を増長させるためにここに来ているらしいと推察できたのは、いつか後輩がここを離れる前に小さな欠伸をしたからだった。
本当は、そのまま泊っていけばいい、と思う。眠れないのならそのまま添い寝していてもいい。けれどもしも行動に移せば、彼はきっと二度とここに来なくなる、と思った。だからずっと眠ったふりをしつづけていた。眠れないから傍にいてほしいなんて、彼は口が裂けても言えないだろう。無理に言わせることもない。それにこの不器用な後輩が、深夜にジムに潜入して寝顔を見に来るという方法で甘えてきているのだと思えば、悪い気もしなかった。手段がさながら泥棒のようであるというのは、まあそのうち、改めさせる必要があるとは思うが、今のところは上出来だ。
ソファにかけておいたブランケットを引き寄せようとして、思いとどまった。まだ早い。朝、彼はきっと目覚めたときに相当に狼狽するだろう。そしてグリーンが起きていたと知ったら、きっと彼は逃げて、二度と来なくなるだろう。万一、彼が目覚める前にこの部屋に誰かが来てもいけない。ポケギアの目覚ましを六時半にセットする。物音に敏感な後輩はこれで目覚めて、六時半なら誰にも見つかることなくジムを抜け出せるだろう。そこまで考えて思わず苦笑いする。我ながらなんて気が長いんだ。
いまはまだ、こうして肩を抱いて眠ることもできない。そっと抱き寄せて前髪を梳いた。
グリーンは手を離し、眠っている後輩をさりげなくこちらに寄りかからせながら、再び目を閉じた。ふれあった肩で繋がる温度が、堪らなく愛しかった。