「なんであんなこと言ったんだよ。ブルー、本気で怒ってたぞ」
後ろ手に寮の部屋の扉を閉めたレッドはそう言いながら、怒った顔をしていた。まあ妥当だなと冷めた頭の中で思いながら、グリーンはテキストを閉じる。仏頂面ながらも買ってきた飲み物を投げて寄越してくれるあたり、レッドはいい奴だと思う。グリーンがあまり好まない炭酸飲料を買って来たのはささやかな腹いせか。それも含めて、レッドはいい奴なのだ。
ブルーが休日男の家に入り浸っているという噂の真相を確かめに、二人は一昨日、ブルーの後をつけた。真実はなんてこともない、孤児院時代にかわいがっていた弟分に会いに行っていたというだけの話だった。とはいえ年頃の女が休日に男の家にいって二人きりになるなんて、いささか溺愛が過ぎるような気もするが、話してみたところブルーの弟分とは思えないくらいに真面目な少年で、おまけに同じ学校の一つ下の学年に在籍しているらしい。目の届くところにいるならば問題もあるまい、と思ったのだが、グリーンにはまだ引っかかるところが残っていた。
グリーンは、剣道部主将である。幼い頃から竹刀を握って道場に通っていたこともあり、大人の選手相手でもひけを取らない力量がある。高層マンションの一室の前でレッドが間違えてチャイムを押してしまい、目の前の扉が開かれようとしたそのとき、闇の中で明確な殺意をにおわせて銀色の目がひらめいた。ような気がした。もっとも次の瞬間、自分たちよりも一回り小柄な少年が、目を丸くして見上げてきたのだけれども。ほんの一瞬のことだったので、気のせいだったのかもしれない。そう信じたいのは山々だったが、あの印象的な出来事を払拭するには未だ至らずにいる。
このことは、誰にも洩らさずにおくつもりだった。だからレッドのことも適当にかわそうとしたのだけれども、レッドは引き下がらなかった。鈍感なくせになんでこういうところは見逃さないんだろう、とグリーンはいつも思う。
「……ブルーの弟だというあいつ、何か厄介な事情があるような気がする」
「シルバーが? なんで」
「扉を開けたとき、殺気を感じた」
「……へ。え? 殺気って、……気のせいじゃ」
「ああ、多分気のせいだ。だから忘れろ」
沈黙が降りた。レッドはどこか納得できない表情でスポーツドリンクのキャップを開けて、しばらく黙っていたが、やがて一気にあおると、うん、とひとりで頷いた。
「分かった。気のせいだと思っとく。でも俺も、念のため注意して見るようにする」
やはりレッドはいい奴だ、とグリーンは彼の評価を再認識する。
再び訪れた沈黙を破ったのは、レッドのあっけらかんとした声音だった。
「そういえば今日、隣のクラスに転校生来たんだって。知ってた?」
「ああ」
「ポケモンバトルやるかな?」
グリーンは溜息をついた。この悪癖も含めて「いい奴」なのだから、こいつも俺もどうしようもない。そんな気分だった。