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pkmnsp 二次創作ブログ / CP雑食
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2015年09月16日 (Wed)
ご無沙汰しておりましてすみません。tonericoです。まずは、変わらず拍手をありがとうございます。心の栄養になっております。twitterのほうにも最近殆ど顔を出せておりませんが、現在かつてなく仕事が多忙を極めており、書き途中のお話のほうも進められていない体たらくです。僅かにあいた時間も仕事の心配で頭がいっぱい、みたいな状態でほんとうにどうしようもない。たまに思い出したようにtwitterを開いてはほっこりしております。世界はきょうもシルバーで満ちている。仕事が落ち着いたとき、続きが書けますように。

 ちょっとだけ、お仕事をしていて考えたはなし。怒る。ということについて。




 ことの起こりは無神経なんです。仕事にどれだけ自分を懸けられるかって、ひとによって違うと思います。わたしとしては仕事自体は嫌いではなくて、できればがんばろうと思うけれど、仕事に生涯を懸けてるかというと、そうでもない。だから、仕事に生涯を懸けているような人の目からすると、わたしの振る舞いや発言があまりに軽薄に見えるので、それに対して怒るのは自然のことなんだと思います。緊張したり動揺すると、思ったことを不用意に口にしてしまうところがあるので、今までにも何度か、そういう局面に立たされてきました。

 そのたびに、自分の軽薄さや、性根の悪さを自覚して、ばつの悪い思いをします。できれば人格者でありたいと思います。何かを大事にしている人を大事にできる人でいたいと思います。まわりの人がみんな、わたしに比べてすばらしく良い人格の持ち主であるように思います。ほかの人に比べたら、わたしなんてごみくずのようなものだとも思い、まわりの人たちの寛容で誇り高いことを尊敬し、憧れるようないとおしいようなへんな気持になることがあります。わたしのように人格の悪いものに優しくしてくれるということが、勿体ないような有り難いことのような、そんなふうに思われてきます。

 褒められて有頂天になっているときには、少なくともわたしには、こういう謙虚さはないように覚えています。変なはなしですが、久しぶりに人を怒らせて、そういう気持を思い出すことができました。

 怒る。というのは、人として自然の感情だと思います。ですが、それはその人の感情に過ぎないのであって、怒ることによって他者を強制したり、間違いを正せるようなものではないと思っています。そのかわり、人が怒っているのを非難したりもできない、と思います。笑ったり泣いたりするのと同様に、その人が持っている権利のひとつと思っています。



 ……とはいえ、場合によっては怒られる側にかなりのダメージが入るのも事実だと思います。連日の激務の弱ったからだと感傷的なあたまでは、怒られているということを理性的に割り切ることができず、こんだけ頑張って怒られて、なんでしごとしてんだろ。。。とか、思いながら帰って、整理するために日記でも書こうと思ってみたら、見えなかったものが見えてきた、忘れていた気持をおもいだした。と、そういう話。ずいぶん気楽になりました。

 ひとに対して怒るひとは、なにかを必死にがんばっているのだと思います。仕事のことであれ、またずいぶん自分勝手なことであっても、なにかにしがみついているからこその感情だと思うのです。
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